大ばばと小ばばのダブル介護と主夫日記

70年代に15から25を過ごしたリタイアおじさんの要介護の母と妻ダブル介護生活

Xデイ

この春、頑張って断捨離しました。大ばばの部屋に小ばばを移動させるための断捨離でした。ひとまず収まってそれ以降次のステップに進めておりません。

小ばばの服類が大量に残っています。もちろん、自分自身の衣類もいらないであろうものがたくさん。昔の研究ノートや論文関係書類ももちろんもういらないのですけど手つかず。でも一度落ち着いてしまうとなかなか進めません。次のきっかけが必要です。

 

今月は自分の体調不良のあと、小ばばのコロナ感染騒ぎがあり、バタバタして過ぎていきました。一度陽性反応が出てしまい(結果としてコロナじゃない偽陽性)、そうなると、施設はまったく融通がきかなくなり、1週間出入り禁止を言い渡されてしまいました。せっかく自分自身の体力が戻りつつあったのに、1週間、ずっと在宅で小ばばのケアをせざるを得なくなり、ぜんぶ台無しになりました。陽性だと施設で言われて、うちで検査したら陰性、さらに訪問医にも検査してもらったら陰性。その事実を伝えても「一度陽性が出たら1週間だめ」というローカルルールで、拒否されました。

前にクラスタとなってしまったことがあり、気持ちはわからんでも無いけど、まさに「羹に懲りて膾を吹く」の対応でしたね。普段とてもお世話になっているのでそれ以上は言いませんでしたが、なんともしんどい1週間でした。

そんな生活をしていると、Xデイは近いかな、とつい考えてしまいました。小ばばの足腰はさらに弱まり、満足に歩くこともできなくなり、便のコントロールが全くできなくなって処理が悲惨なことになっています。もちろん3食用意しなきゃいけないし。そんなことはずっとやってきたし、これからも疑いなくそうするんだと思ってきましたが、デイサービスにもショートステイにも行けず、ずっと家にいる小ばばの世話をし続けることはやはり相当な負荷であったようです。

今は施設通いももとにもどりましたけど、これを続けていけるのか不安を覚えざるを得なくなってきました。

ひとつ楽団を辞めました。主に活動する楽団もデイサービスは使いますが帰宅時間の関係で終わりまでいられません。ちょっとひとりでお留守番してね、と言って出かけていたのが不可能になったためです。私なしでは何もできないですから。

 

という訳で今まで考えてもみなかった施設入居が少し現実味を帯びてきたように思います。ほんとに不憫で可哀想なんですけど、私自身の残り時間を考えると、この制限をずっと甘んじて受けてほんとにおまえは大丈夫なのか、と自問してしまうのです。人様のSNSを見ながらjealous, enviousと思ってしまう自分が情けない。